2016年8月29日の『プロフェッショナル』にサンフレッチェ広島の森保一監督が出演しました。
監督になって4年間で、Jリーグ制覇3回というとんでもない実績を上げた森保一監督。『プロフェッショナル』では、選手の育成術などに焦点を当てていました。森保一監督のプロフィールと育成術をまとめました。
<追記>森保一氏がついに日本代表の監督になりました!
森保一監督のプロフィール
森保一監督は、
- 1968年8月23日生まれの48歳
- 静岡県掛川市生まれ
- 小1から長崎県長崎市
- 長崎日大高校卒業
- 身長174cm、体重68kg
高校卒業後、マツダの子会社の松田運輸に入社して、マツダのサッカー部に入ります。が、2年間サテライトチームのマツダSC東洋でプレーをしています。
その後、マツダとプロ契約を結び、1989年にJSL2部デビューします。その時に、風間八宏(現川崎フロンターレ監督)選手のアシストで先制点、2点目を挙げました。
ハンス・オフト氏が日本代表監督に就任すると、日本代表に初招聘されて、オフトジャパンのディフェンスの要として、チームの心臓部分として大活躍をします。
初戦となるアルゼンチン戦で、アルフィオ・バシーレ監督とクラウディオ・カニーヒアが“日本にはいいボランチがいる”と高く評価したことから、「森保」と「ボランチ」の名前が脚光を浴びることになり、日本でボランチと言われた初めの選手が森保一監督でした。
他にも、殆ど知られていたなかったにもかかわらず、代表に呼ばれて活躍したことから、「ハンスの申し子」とも呼ばれていました。
ちなみに、「ボランチ」とは、ディフェンダー(センターバック、サイドバックなど)の前にいて、守備的な役割をしているMF、中盤の選手です。中盤の最も底の位置にいて、攻撃と守備のどちらもこなさないといけないポジションです。
現代のサッカーでは、一番大事なポジションと言われていて、攻撃と守備のバランスをとる要ですし、運動量もものすごく多いです。ちょっと前の代表では稲本選手や遠藤選手で、今の代表では、長谷部選手です。
日本代表に選出された森保一監督は、1993年のW杯アメリカ大会アジア予選に出場していて、あの「ドーハの悲劇」も経験しています。
- 1998年、京都パープルサンガにレンタル移籍。
- 1999年、広島に復帰。
- 2002年、ベガルタ仙台に移籍。
- 2004年1月に、現役引退。
現役引退後は、コーチとして活躍を始められます。サンフレッチェ広島、U-19、アルビレックス新潟とコーチとして経験を積んで、2012年からサンフレッチェ広島のトップチーム監督をつとめられました。
同年、J1年間優勝を果たします。日本人元Jリーガーの監督としては初、日本人新人1年目監督としては、松木安太郎以来二人目の快挙でした。
翌2013年も、連覇します。松木安太郎、岡田武史、オズワルド・オリヴェイラ以来4人目です。
2014年は、8位でしたが、2015年、2ステージ制が復活して、再び年間優勝されました。
連覇した時の森保一監督の目標は3つありました。
- 専用スタジアムの建設
- ACLの優勝
- 3連覇
専用スタジアムの建設には、いろいろ問題があって、早々には決まりそうもないです。ACLも、今年は、予選リーグで3位になってしまって、決勝トーナメントには出場できていません。残りの3連覇という目標もちょっと遠のいてしまいましが、その礎となる今年の成績は、今の所、
- 1st 4位
- 2nd 8位
- 年間 4位
です。
『プロフェッショナル』が放送される週の8月31日には、ガンバ大阪(現在年間5位)との決戦が待っています。2ndになって勢いの出てきたガンバ大阪ですので、ココががんばりどころだと思います。
現在、1位は、奇しくも風間八宏監督率いる川崎フロンターレで、勝ち点で14点差です。3連覇のためにも、これからが勝負です。
森保一監督のスタイル
森保一監督のスタイルは、よく「泥臭い」と言われます。華麗なテクニックを使ったプレースタイルではなくて、体をつかった体力勝負のようなパワースタイルです。なぜ、そのようなスタイルになったのか理由があるんです。
森保一監督は、長崎市の深堀中学校でサッカーをしていたのですが、長崎でサッカーで有名な国見高校に行きたかったそうです。
が、おそらく推薦をとれるからということで、高校受験に努力しない姿を見て、国見の受験を許してくれなかったそうです。仕方なく行った先が、長崎日大高校で、当時は、国見と島原商業の2強が長崎県の代表だったので、高校サッカーの聖地にはいっていないそうです。
なので、到底、サッカー選手になろうとも思ってもいなかったそうですが、ある時、ハンス・オフト氏(当時、マツダの監督)とマツダの今西和男強化部長がやってきて、森保一監督を見たそうです。
実は、長崎日大高校の監督が今西和男強化部長と知り合いで、お願いしていたそうです。足も普通、体も普通、技術も普通だった森保一監督を見て、オフトは興味を示さなかったのですが、今西和男強化部長は、視野の広さと、危険察知能力があることを見抜きます。
これがきっかけで、マツダに入ったのですが、ちょうどマツダが予算縮小の為、6人の枠を5人したことで、一番能力が低かった森保一監督のマツダ入りが無くなりそうになります。
そこで、今西和男強化部長が、森保一監督を松田運輸にに入れて、サテライトチームの扱いにしたんです。この時、マツダが採用を見送っていたら、もしかしたらワールドカップへの日本出場もだいぶ遅くなったかもしれません。
ただ、能力としては、低かったので、それから2年間はほとんど試合に出れなかったのですが、これが逆に良かったと話されています。採用してくれた今西和男強化部長は、森保一監督をずっと応援してたそうです。
「お前が活躍してレギュラーの選手として認められたら、本社採用に切り替えるように動くけえ、絶対にがんばれ」と励まし続けた。具体的なアドバイスも必ず付け加えた。「他の選手に比べて、お前には速さも高さも無い。ただ、チームの戦いの中でハードワークをすることは出来るじゃろ。それを続けて行くんじゃ」。要は自分の出来ることをしっかりやれ、ということだった。森保もそれに応えた。時折、トップチームの全体練習に入れてもらえたときは、持っているものはすべて出し切るつもりで力の限りを尽くした。試合の翌日のリカバリーの日も自分は出場していないからと、動けなくなるまで走り続けた。
紅白戦に出場出来たときは、とにかく走り回ってボールを持っている相手選手をつぶすこと、一緒に倒れても必ず先に立ち上がることを心がけた。(出典:Love Sportiva)
この時の経験が、ずっとその後も影響していったと思います。
その後、1軍に帯同することを許されますが、中々試合には出してもらえなかったそうです。が、オフト監督からは、高い評価をもらっていたようです。広島の二部降格の責任をとって、オフト監督が辞任する時に、
「このチームには将来プロの指導者に成れるやつが3人いる」と今西に漏らした。それは前川(和也/現バイエルンツネイシ監督)、横内(昭展/現サンフレッチェ広島ヘッドコーチ)、そしてまだ1試合も出場していない森保だった。(出典:Love Sportiva)
オフト監督の後は、イングランド人のビル・フォルケス監督でした。
フォルケス監督は、マンUの元キャプテンで、体を使ったサッカーを得意とする人です。パスワークと言うよりも、肉弾戦でボールを奪ってゴリゴリ行くようなサッカーをしようとしていたので、森保一監督にとってはぴったりのサッカーでした。
フォルケス監督に、そのサッカーを一から教えられて、どんどん成長していきました。そして、1989年に、JSL2部デビューで2点を挙げることができたんです。
その後は、オフトが日本代表監督として招聘されると、森保一監督を日本代表に呼んで、上に書いたように、日本代表の要として、献身的なプレーで支え続けたんです。
森保一監督が、マツダに入ってから、JSL二部でニュースるまでの下積みの間で、今西和男強化部長とかオフト監督、フォルケス監督に言われたことを腐らずにやり続けたことが、今の森保一監督の基礎になってると思います。
もちろん、ずば抜けた視野の広さと危険察知能力があったことも、影響していると思います。
森保一監督の奥さんや家族や年収は?
森保一監督の奥さんは、由美子さんというかたで、一般の方ですから、情報はありませんでした。
お子さんは3人いらっしゃいます。長男の森保翔平さんは、25歳で、J2のカマターレ讃岐に所属していましたが、2015年11月に契約満了で退団されています。
二男の圭悟さんは、22歳で、流通経済大で活躍された後、オーストラリア2部のエッジワース・イーグルスに所属して、サッカーをしています。J2からオファーがあったようですが、オーストラリアでのプレーを望んでいるようです。
3男の森保陸さんは、広島県立吉田高校で、やはりサッカーをされているようです。ポジションはDF。圭悟さんと陸さんは、数年後には、日本代表に選ばれるかもしれませんね。
一方、森保一監督の年収はいくらぐらいでしょうか?調べてみると、
- 2012年 3000万円
- 2013年 3600万円
- 2014年 5000万円
- 2015年 5000万円
- 2016年 6000万円
(出展:サカマネ.net)
Jリーグの監督の中では、6番目です。1番は、ヴィッセル神戸のネルシーニョ監督で、1億5000万円。2位は、ガンバ大阪の長谷川健太監督で、1億円です。直近の4年間で、3回優勝している監督にしては、少なすぎるような気がしますよね。それぞれの球団の事情もあると思いますが、あなたはどう思いますか?
まとめます。
8月29日のNHKの『プロフェッショナル』で、サンフレッチェ広島の森保一監督が出演されました。監督になってから、たった4年間で、3回も優勝できた秘密に、密着されました。
サッカーで、クラブチームが強くなるためには、何が必要か、ご存知ですか?
それは、技術を持った凄い選手をお金をかけて連れてくることと、もう一つは、若手を育成して、すごい選手に育てること。この二つしかないと言われています。
ヨーロッパのクラブとか、日本でも、お金のあるクラブはそれをしています。
サンフレッチェ広島は、野球の広島と同じように、市民団体に近いものがありますので、お金をかけて連れてくることができません。
逆に、育てた選手をどんどん連れて行かれてしまいます。例えば、日本代表の浅野選手もイングランドのアーセナルに行ってしまいました。
昨年の主力選手も、引き抜かれて外国に行ってしまいました。それでも、これだけの成績を維持していられるのは、森保一監督の育成術が他の監督より抜きんでて、すごいからだといわれています。
ある雑誌で話されていましたが、森保一監督は、全体練習の後、限られた選手を呼んで、「二部練」という練習をさらにやってるようですし、グランドには、誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで残っているようです。
さらには、人と接する時に、心がけていることが3つあるようですが、それは、『プロフェッショナル』の中で明かしてくれると思います。
森保一監督は、本も出されています。
森保一監督は、次期日本代表監督とか、オリンピックのU-23監督候補にも挙がってますので、これからが楽しみです。そんな森保一監督の育成術や、選手との接し方など、『プロフェッショナル』で披露されると思いますので、とても楽しみです。番組の中で話されたことは、番組終了後、追記させてもらいます。
『プロフェッショナル』に出られた方の記事は他にもありますのでご覧ください。
ブログの始め方を基礎から知りたい方へ
ブログの始め方を基礎から知りたい方へ、無料メルマガ講座のご案内です。
40歳から60歳までの20年間が、人生の中で一番楽しくておもしろい時間です。それを知らずに過ごしてる人がたくさんいます。
当サイトはそんな損をしてる中高年の方に向けて、今日からの人生をおもしろ楽しく過ごすためのノウハウをまとめています。
でも、面白おかしく生きていくためには、なにはともあれお金が必要になってきます。
そのために、殆どの方が副業をしたいと考えています。でも、どうやっていいのかわからない・・・。
副業の第一歩は、ブログです。リスクゼロで始められて、うまく行けば6桁のお金が毎月手に入ります。
こう言うと「嘘くさいな~」と言われそうですが、多くの人が失敗してるのは基礎を知らないからです。何をすれば良いのか誰も教えてくれないからです。
基礎さえしっかりしていれば、あとは応用していくだけです。
そこで、誰にでもできて、何も知らない人にもわかりやすい無料のメルマガ講座~基礎編~を作りました。
7回の無料基礎講座の後には、不定期でブログに関する知識や毎日の暮らしを楽しむ豆知識などを紹介しています。
今すぐ無料で読めますので、こちらをクリックして登録してください。
企業・社長・人物に関する記事
成功するための秘訣の一つにモデリングがあります。物まね、パクリ、守破離の守ともいわれますが、スポーツ、勉強、仕事、すべての場面で一番初めにすることが、成功した人と同じことをすることです。
野球ならキャッチボール、サッカーならパス、勉強なら九九、仕事なら研修、マニュアルは誰もが普通のことだと思うはずです。
ただ、お金儲け、起業、生き方などは、それぞれの人が自分で思った通りに勝手にやってます。それが、挫折したり、失敗する原因の一つです。
成功するための近道はモデリングです。そのために参考になるのは、「カンブリア宮殿」「プロフェッショナル」「ガイアの夜明け」「アナザースカイ」「世界一受けたい授業」などです。
そこで取り上げられるのは、成功した人たちばかりです。生の声がタダで聞けたり、挫折したこと、成功のコツなどがありのまま聞けますのでとても参考になります。
当サイトでは放送されたそれらの番組の気になったところを抜粋して記事にしています。気になったタイトルをクリックしてお読みください。
コメント